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清々しい疲労感。
太陽旧暦初寅の日と、その前夜が初寅祭となる毘沙門さん太陽

江戸時代以降より「緑井の毘沙門さん」と親しまれてきた権現山・毘沙門天。

こんなに家の近くなのに、初寅祭の参拝は初めてでした。

毘沙門天は、仏法をお守りになる四天王の一人。

七福神として知られ、又「多聞天」ともいい、北方の守護神です。

ご本尊の御開帳は、年に一度。

しかも制限時間あり!



上住宅街にある参道から。
本堂のすぐ上に位置する、多宝塔が・・・遠ーい!



取材では何度か訪れたことがあります・・・車で。にひひ

もともと、優れた登山コースとして知られる参道は、露店がいっぱいでした。

リンゴ飴と、さつまいもスティックと、たいやきを買って。

ゆるりゆるりと自分のペースで登って、約20分で仁王門へ到着。



上鳥居をくぐって(お寺ですが)、仁王門へ。
こちらの仁王さん、お顏が怖くありません。



グーここからが、本番ですっグー

本堂はまだまだ遥か山の上。

参道の、七福神、観音像に手を合わせながら。

灯篭に沿って、階段を一歩一歩。



上えびすさん。



上寿老人=カノープス。



上山の香りがいっぱい。
お互い頑張りましょう、と声を掛け合って進みます。




上やっと本堂境内へ。えっちらおっちら、20分くらいかかりました。
が迎えてくれます。




上本堂は、断崖絶壁を背にします。
2度の火災の後、1990年に鉄筋コンクリートで再建。




上境内には、様々な地方の方言が飛び交っています。
境内は長蛇の列。警察と警備員さんの大きな声が響いています。



ダイヤ御開帳の時間を迎えてダイヤ

般若心経、御真言の後、ご本尊の扉が開かれます。

本堂に進むまで、30分かかりました・・・

力強い大太鼓に、アップテンポな読経はロックな感じだったなーにこっ



上とにかく、立ち止まってはいけないのです。
歩きながら手を合わせて拝むなんて初めてだよ汗

中央にはご本尊・毘沙門天、向かって右側には吉祥天(妃か妹とされる)
左には丹に禪尼師童子(ぜんにしどうじ・息子の一人とされる)。




上お祭りは真言宗の住職によって執り行われます。



上毘沙門さんの家来は、虎と百足です。
強い虎と。百足のように沢山の足をよく動かし、豊かな暮らしを運ぶようにとの願いです。


ダイヤ一息ついて、多宝塔へ向かいましたダイヤ

原爆犠牲者の慰霊のために建てられました。

爆心地に向かって、大日如来と四天王のご尊像が安置されています。



上参道から、遠くに見えてた多宝塔です。



上被爆地に向かって、改めて手をあわせる場所です。



上参拝者に配られる“福銭(5円玉)”。なんと希望数受け取れます。

毘沙門さんから借りたお金で商売を繁盛させて。
次の年に返しにおいで、という意味があるのだそうです。



いや~。。。今日は良い経験をしました。

でも今度は、落ち着いた日に行ってみようと思いますにぱっ
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次のステージ。
ダイヤそして、いよいよ神話博が幕をあけてダイヤ

今まで見たことのない、新しいスサが登場します。

4人が仕上げてきたスサは。

神話映像の迫力や、お客さんの熱気が相俟って。

役柄を超えて、個の魂を宿しているように見えたそうです。

世宥子先生は鳥肌がたって。

『スサノウに恋してたもんね音符』と嬉しそうでした。



上開幕直前。練習風景から。


ダイヤさて!114日間、30分に一度の上演(20分公演)をダイヤ

1日2人でまわす、過酷なシフトの裏で。

世宥子先生が一番重きを置いたのは、舞手さんの体調管理。

まずは、楽屋に冷蔵庫を設置するところから。

猛暑の中、アスリートの健康管理と同じく、毎日血圧と水分量を計測し。

広島から料理を作っては、早朝に出雲へ向かう。

メンタル面では「スサノウノート」(日記)を作って、その状態を把握。

これによって、一日のうちで一番きつい時間帯への対処や、疲労を最小限に抑えるためのローテーションが組まれました。



上激しい舞に、スサのアクセサリーも頻繁に切れてしまいます。


ダイヤ開幕中、4人が励まされたのはダイヤ

主催者が見込む来場者数より、ペースが早く盛況だったこと。

映像館に何度も足を運ぶ、特定のファンがついてくれたこと。

又、大蛇に倒されても、倒されても立ち上がるスサノウはヒーローとなり。

『スサノウ頑張れ!』『かっこいい!』と、子供たちならではの神話の入り口を見つけてくれた姿です。



上楽屋から舞台までの廊下を「命道」と命名して、御幣に祈りを込めました。


ダイヤ季節が変わり、約73万人の来場者となった神話博も閉幕ダイヤ

安堵と、寂しさを実感する世宥子先生は。

『とにかく3人が怪我なく、無事に役目を果たしてくれたことが一番良かった。』

『みんな、今回の経験を糧にして、自分の人生を輝かせてほしい。』

役者さんのことばかり。

後日、一緒に仕事ができた喜びと、感謝を込めて手紙を送ったそうです。

・・・・夏から秋、3時間かかる出雲へ通って。

大変だった、しんどかったと、自分を労う言葉はひとつもありませんにこっ

今年も、国内外と超多忙。

年末には、祝杯をあげましょうねパー



上「4人はひとつ!」お疲れ様でした。
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プロのお仕事。


ダイヤ木原世宥子(ようこ)さんダイヤ

ダンサーで構成家、トータルコーディネイター。

広島から発信する平和創作劇「I PRAY(アイプレイ)」の構成演出家でもあります。

ステージのしなやかな世宥子先生は、いつも光に包まれていて。

情熱と愛に溢れた人柄に、男女問わず「惚れてまうやろー!」と人が集まってくるのです。

世宥子先生と私は、同じ1月1日生まれ。

毎年年末に、バースディ・イヴを祝うことになっていますにかっ


ダイヤさて、そんな世宥子先生が、昨年心血を注いだのがダイヤ

神話博しまねの映像館で上演された、神話映像の振り付けと演出。

八岐大蛇がCGで大暴れし、生身の須佐が登場して戦う、新しいスタイルの舞台でした。



上映像と舞手のコラボ。練習風景から。



上練習風景から。当初、大蛇の映像は、あくまで映像本位。
人間の動きを融合させるために、映像の手直しも行われました。



ダイヤはじめに出雲でダイヤ

この大掛かりなイベントの全容を把握した世宥子先生は、「これは・・!」という言葉とともに、武者震いしたそうです。

初夏にはスサを務める3人の役者さんが選出され。

本格レッスンを1か月後に控え、体作り、体力向上のプログラムが始まりました。



上 「4人でひとつ」「4人がチーム」出雲大社に成功祈願を。
左から渡辺さん、世宥子先生、伊藤さん、山崎さん。



ダイヤ神話博開幕を2週間後に控えた7月初旬ダイヤ

本格レッスンが始まって。

世宥子先生は出雲に2週間の泊まり込み。

8頭の大蛇を倒すための、剣舞をマスターするため。

ダンサーでも舞手でもなかった、3人の役者さんが経験したのは、破壊的な筋肉痛。

朝9時から1時間半のウォーミングアップで始まり、夕方6時までみっちり。

又、画面が後ろにあるため見えない。

しかもスサの面をつけると足元の視界も限られます。

全ての動きと距離は、音、あとは感覚のみ。

鏡を使いながらの訓練で動きを身に付け、目を瞑っても舞えるように練習を重ねました。



上レッスン初日。

続いちゃうぞ~

※画像は、世宥子先生のfacebookで公開されています。
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これからも。
四葉卒業式の準備が進んでいますね四葉

今年度の小学校の、絵本の読み聞かせも、終わりが近づきました。

今週は、3年生の読み聞かせが最終日を迎えました。

読み終えた後、みんなが起立して『一年間、色んな本を読んでくれてありがとう。』と挨拶してくれて、ジーンときました。

子供たちに沢山のことを教えてもらうのは、私の方。

『4月からは上級生の仲間入り。でもゆっくり大きくなってください。』とお礼を言いました。

とか言いながら、4年生になっても逢えるんだけどねにこっ

朝8時過ぎに学校へ行く日は、ハンパなく忙しいのですが。

今日も来て良かった音符といつも思っています。


ダイヤさて、今年、特によく読んだ2冊はダイヤ

狂言えほん「しどうほうがく」:講談社



狂言・止動方角のお話。

咳をすると暴れ出すという馬をしずめる呪文「しずまりたまえ、しどうほうがく(簡略)」。

この呪文を使って、いじわるな主人に太郎冠者が仕返しをします。



上登場人物と馬の表情が、とてもユニークに描かれています。

狂言=野村萬斎さん、と知る子が多く、興味深々です。


「ねぇ どれがいい?」:評論社のベストセラー

子供にとって究極の選択が次から次へと出てきます。

絵もふんわり優しく、ユーモアいっぱいです。



「おとうさんが学校でおどっちゃうのと、
おかあさんがきっ茶店でどなるのと、どっちがいや?」


「どれが いい?へびにまかれるのと。
魚にのまれるのと。わにに食べられるのと。
さいにつぶされるのとさ。」



上『全部いやっ!』『魚なら、なんとか助かるかもしれん』・・・
こどもたちはすっかり、絵本の中です。


ダイヤところで、図書館で借りたこの本には、こんな部分があって・・・ダイヤ



上「くま~??」最近出た新館では、コアラに変わっていました。
こんなこともあるんですねにひひ
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神楽で知りました。


上 「八幡大菩薩が、大王の身支度を整える」の図。
ほのぼのします~。


星平氏と平家は、広義には同じものながら星

厳密には違うそうですね。

ざっくり分けると。

平氏→坂東平氏の一族。

平家→平清盛を中心として、朝廷に仕え続けた伊勢平氏の一門。

平氏>平家。

・・・ (´д`ι)・・・・

神楽見てから、歴史の勉強すれば良かったなー。


余五(よご)将軍・平維茂 ~紅葉狩~ 旭神楽団

天慶の乱から30年後、平貞盛の15男(養子)である維茂の武勇伝です。

余五とは“10を取ってその余りが5”という意味。後に将軍となったのでこう呼ばれます。



上鬼女2つ。淡々とした静けさに、正体の分からない、不気味さがあります。



上里人にとっては、都の豊かな暮らしを伝える、貴人とも伝わります。



上討ち杖です!
能で、神通力や妖力を操る鬼などが持つ手道具です。
鬼女系は朱色で、「道成寺」や「紅葉狩」「黒塚」等々の演目で使われるそうです。




上皆さんでお写真良いですか?
と伺いましたら、速攻でこんなに美しく並んでくださいましたにこっ
月いち初登場、ありがとうございました!


平家終焉~壇の浦~ 上本地神楽団

太政大臣にまでのぼりつめ、武士の地位を確立し、実力で政権を奪う世を作り出した平清盛。

その出世は、清盛の人柄の良さ。

平安時代の最高の工芸品を納める、厳島神社の建立。

平家納経が出来るほどの財力。

娘たちを天皇の后にするなど、貴族の中で高い地位を得たことなどがあげられます。

「平家物語」一流の歴史本として仕上げられているのは、平清盛の一流の人生があったからです。

※石井誠二さん・文



上地元の漁師・釣り太郎に、壇の浦の様子を聞きだす、義経と弁慶。



上二位尼・沖本周子(ちかこ)さん。

壇の浦は、上本地神楽団の先輩たちの十八番。
復活後、現メンバーで現在の構成に整え直しました。

毎年5月2日安徳天皇の命日には、下関・赤間神宮にて奉納をされています。




上現代人の生き方とは比べようがありませんね。。。平知盛・福本慎吾さん。



上終演後の記念撮影会です。
舞方の皆さん勢揃いで、お客さんは興奮されていました!


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