3連休も終わり『今週から2026年いよいよですよ~』って呼び太鼓が聞こえるような気がする
さて、昨日は青空の下で成人式。
新成人の皆様、おめでとうございます!
初々しいスーツ姿、艶やかな振袖姿、すれ違うこちらもワクワク嬉しかった。
希望を積んだ船出です。
穏やかな日も高波も、自分の海をどこまでも力いっぱい生きていきましょう

北広島町ウズベキスタン神楽公演の出発日まで、44日となりました。
北広島町選抜神楽団は、2月25日にウズベキスタンへと出発し。
国立ナヴォイ劇場(オペラ劇場)での神楽公演。
又、国立東洋学大学の日本語学科の学生さんとの交流、神楽披露などが予定されています。
私も同行させて頂きますので。
このブログでも、練習の様子などをご紹介させてもらおうと思っています。
限られた時間の中で、「土蜘蛛」「八岐大蛇」の緊張感ある懸命な練習が行われています。
ところで、ウズベキスタンは親日国であることをご存知でしょうか?
私は初めてウズベキスタン共和国に注目し。
可の地に今も語り継がれる、日本人捕虜の方々のことを知りました。
折角なので今夜は、日本とウズベキスタンの歴史の一部に触れてみたいと思います。
ウズベキスタンに行ったことのある方、いらっしゃいますか?
お話が長くなり文字ばかりですが、ぜひ読んでみてください
第二次世界大戦時、約2万5千人の日本人がウズベキスタンに抑留されました。
そして、最高気温40度、最低気温マイナス20度の厳しい環境下で。
捕虜の方々は、ダムや学校、発電所や鉄道の建設等々、インフラ整備の重労働に課せられました。
神楽公演の会場となる、国立ナヴォリ劇場の建築にも、457人の日本兵が動員されたと記録されています。
しかしこの苦難の中にも、拘留者の方々は、日本人を象徴する勤勉さと誠実さ、又、器用さを得意とする技術力の高さを発揮されたそうです。
仕事時間の正確さ、食料分配の公平さ、地元の人々からの差し入れなどには必ずお礼を忘れない律義さ・・・
何よりも、仕事に対する士気の高さです。
一方で、この日本人の労働力によって国が発展していく状況を、当時ウズベキスタンの方はよく理解されていたようです。
やがて、日本兵の礼儀正しさと献身的な働きぶりは、地元民に感謝の心を生み。
ウズベキスタン・初代カリモフ大統領も『日本の兵隊さんのような人になりなさい』と、母親から繰り返し言い育てられたと語られています。
更に1996年、首都・タシケントを襲ったウズベキスタン地震の際、1000回以上続く余震で多くの建築物が倒壊し、多数の命が奪われましたが。
ナヴォイ劇場だけは無傷で、避難建物となり市民を守りました。
この出来事で、劇場建設に携わった457名の日本兵は伝説となり。
タシケントの公営日本人墓地で、ウズベキスタンで亡くなった他の日本兵と共に、桜と平和の祈りに包まれ手厚く葬られています。
今回の北広島神楽ウズベキスタン公演は。
国と国、又、ウズベキスタンと北広島町の文化交流が大きな柱となりますが。
ナヴォイ劇場で、広島の神楽をご覧頂くことは、両国の歴史から未来に向けて大きな大きな意味を持ち。
ウズベキスタンに眠る、多くの日本人の方々の導きによるものと思わずにはいられません。
故郷の地を再び踏むことが出来なかった方々の、鎮魂と平和の尊さを舞うものとして。
神楽に愛を込めて、日本人の心をご覧頂くものと理解しています。
・・・やっぱり!めっちゃ長くなった
今夜はこれにてお休みなさい
2026,01,13 Tue 23:58
